牛乳屋さん
あるところに、おじさんとおばさんが、二人で住んでいました。二人は、毎日、牛乳を配達することで生計を立てていました。
ある日の朝、いつものように、おじさんとおばさんは、近隣の家々へ牛乳配達に向かいました。
そして、ある家の前に車を停めて、おじさんが言いました。
「この家は、牛乳2本だな。入れてきてくれるかい。」
「わかった。じゃあ、私が牛乳を入れてくるよ。」
おばさんは、新鮮な牛乳を2本手に取り、車から降りて、その家に向かいました。
すると、「あれ! もう牛乳が入っているよ!」
牛乳箱の中には、すでに牛乳が2本入っていました。
「あんた、もう牛乳が入っていたよ!」
「えっ! ・・・ひょっとしたら、私たちは、一度入れたことを忘れて、また、来てしまったのかねえ~。俺たちも、忘れっぽくなったなあ。」とおじさんは言い、二人は車を走らせ、次の家へ向かいました。
そして、次の日。
その家の前に到着し、おばさんが、牛乳箱の中へ牛乳を入れようとしたときです、
「あら! また、新しい牛乳が、もう箱の中に入っているよ!」
そうです、昨日も、二人が一度配達したことを忘れたわけではなかったのです。誰かが、新しい牛乳を入れていたのでした。
「不思議だなあ、どういうわけだろう? しかし、牛乳の日付を見たら今日の日付だから、古い牛乳でもないし・・・。」
二人は、不思議に思いましたが、新しい牛乳が既に入っているので、仕方なく、また次の家へ向かいました。
次の日も、その次の日も、どういうわけか、二人がその家へ配達に行くと、牛乳箱には、既に新しい牛乳が入っていました。
おじさんは、思い切ってその家の人に聞いてみることにしました。
ピンポーン。
呼び鈴を鳴らすと、中から奥さんらしき人が出てきました。
「あの~、この牛乳は・・・?」とおじさんが尋ねようとしたら、
「いつもいつも、新鮮な牛乳をありがとうございます。毎日、おいしく飲ませてもらってます。」
奥さんの返事からも、この不思議な出来事の訳は分かりませんでした。
「いえ、どういたしまして・・・では。」そういうと、二人は、首をかしげながら、狐にでもつままれたような気持ちで、次の家へ向かいました。
その日、二人は牛乳を全部の家へ配達し終えてから、自宅の茶の間で、その不思議な出来事について話しました。
「母さん。どういう訳なんだろうなあ?」
「いや~、本当に、狐にばかされているのかねエ~」
「まさかあ~。いや、でも訳が分からん。」
夜まで、二人は考えましたが、とうとう答えがでないまま床に就きました。
次の日の朝が来ました。
また、その家に配達に行き、箱の中をおばさんが見ると、
「ほら、また入っている。」
「気味悪いね~」
そうです。箱の中には、また新しい牛乳が入っているのでした。
そして、その晩、おじさんが、おばさんに言いました。
「よし、明日の朝、いつもより早くその家へ行き、誰が牛乳を入れているのか、車の中から見てみよう。」
「そうしましょう。」
そして、次の日の朝、二人は、いつもより早くその家の近くに到着して、車の中から、その牛乳箱をじっと見つめました。
そして、しばらく時間が過ぎた時です。
白い小鳥が一羽、どこからともなく飛んできて、その牛乳箱の中に入っていきました。そして、そのあと、すこし遅れて、もう一羽の白い小鳥が飛んできて、箱の中に入っていきました。
「母さん、白い小鳥が二羽、箱の中に入っていったよ。」
「うん、見たよ。どういう訳だろうねえ。中に、鳥の餌でも入っているのかねえ。」
それから、二人は、しばらく待っていても誰もやってこないので、牛乳を持って、箱に近づいていきました。
そして、箱の中を覗きこんで、びっくりしました。
「母さん! 新しい牛乳が二本、もう入っているよ!」
「ほんとだあ! 誰も近づいた人はいなかったのに。不思議だねえ。」
「不思議だなあ。でも、また明日、早くに来てみよう。」
「そうしよう。」
そして二人は、仕方なく次の家へ配達に向かいました。
そして、次の日。
「母さん、今日こそは、誰が牛乳を入れているのか、突き止めよう!」
そうおじさんが言って、二人は、また、車の中から、じっと牛乳箱を見つめました。
すると、またまた、白い小鳥が一羽、飛んできて中に入ったではありませんか。
「父さん、まさか、あの鳥が牛乳になったのかなあ~ ! ?」
「まさかあ~! じゃあ、まだ鳥は一羽しか入っていないから、今近づいて見てみよう。」
「うん」
二人は、歩いてゆっくり箱に近づき、中をそーっと覗き込みました。
すると、中には牛乳が一本ありました。そして、その牛乳のビンには鳥の羽が1本くっ付いていました。
その時、二人の頭の上で、もう一羽の小鳥がパタパタと飛び回っていましたが、少し経つと何処かへ飛んで行ってしまいました。
「あー、なんだか悪いことしたみたいだねぇ、父さん。」
「そうだねぇ。でもどうして・・・。」
その翌日からは、もう箱の中に新しい牛乳が入っていることはありませんでした。
二人はなんだか寂しい気持ちになりました。だけど、以前のように牛乳を配達して、日々が過ぎていき、その鳥のことは忘れてしまいました。
そして、ある日の晩、おじさんは夢をみました。
きれいな平原を、おばさんと二人で散歩している夢でした。
天気も良く、心地よい風も吹いていました。
しばらく歩いていると、前から一人の老人が通りかかり、二人に話しかけました。
「おやおや、牛乳屋さん。この前は、驚かしてしまったねえ。実は、あの鳥たちはねえ、私が飼っている鳥たちなんだよ。私は、十年前まで、あの家に住んでいたんだよ。私が、生きている時、今もあそこに住んでいる息子夫婦と子供たちは、本当に私の世話をよく見てくれてねえ。それで、天国に来てから、白い小鳥たちを天から飛ばしては、恩返しをしていたんだ。」
そう言うと、老人は、にっこり微笑んで通りすぎて行きました。
そのあと、二人が振り返ると、もう老人の姿はなく、野原にいるのは二人だけでした。
そして、たくさんの白い小鳥たちが、近くの木に止まって心地よい声でさえずっているのが聞こえてきました。
その朝、おじさんは目を覚まして、おばさんに言いました。
「母さん、昨日、夢で知らない老人が出てきてねえ・・・、」
そこまで、おじさんが言うと、
「私もその夢、見たよ!」
「えっ! 母さんも?」
二人は、同じ夢を見たのでした。
二人は、黙って顔を見合わせ、
「よし、今日、この夢のことを、あの家の人に話してみよう。」
「うん。」
二人は、あの家に行き、呼び鈴を鳴らしました。
すると、中から、先日の奥さんと、旦那さんらしき人が出てきました。また、子供たちも出てきました。
そして、その夢の話をすると、少し涙を流しそうな顔になったあと、
「いつも、おいしい牛乳をありがとうございます。いつまでも元気で頑張ってくださいね。」と夫婦が言いました。
そして、「頑張ってね!」と、子供たちもにっこり微笑んでくれました。
二人は、涙が止まりませんでした。
そして、家に戻った二人は、牛乳を飲みながら、もう何年も前に亡くなってしまった自分たちの両親のことを思い出し、一緒に過ごした日々について、懐かしく話しました。
そして、次の日。
二人は、牛乳配達を終えた後、近くに住んでいる息子夫婦、孫と一緒に、近くの広い公園へ出かけました。
野原で、お弁当を広げて楽しく食べている時です。
皆で、ふと空を見上げていたら、青空の遠いところを、二羽の白い小鳥が飛んでいるのを見つけました。
その時、小学一年生の孫が、二人に尋ねました。
「じいちゃん、ばあちゃん、あの鳥は何処へ飛んで行くの?」
「そうねえ。どこだろうねえ。」
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