カメキチとクロマル
あるところに、一匹の亀と一羽のカラスがいました。
亀の名前はカメキチといい、カラスの名前はクロマルといいます。
ふたりは、とても仲の良い友達でした。
クロマルは、いつも、人間のゴミ捨て場の中から、人間の食べ残しを見つけては、食べていました。
一方、カメキチは、近くの小さな池にいて、子供たちが時々、お菓子を投げてくれるので、それを食べて暮らしていました。
そんなある日のことです。
クロマルは、いつものようにゴミ捨て場の中に、頭を突っ込んで、食べ物を探していました。
そこへ、近づく人間の足音が聞こえてきました。
クロマルは、いつものように、素早く逃げようとしました。
その時、クロマルの足がゴミ捨て場の網に、引っかかってしまったのです。
「あっ! どうしよう。急がないと、人間に捕まってしまう!」
ノシ、ノシ、ノシ
人間の足音が、どんどん近づいて来ます。
でも、クロマルの足は、網から取れません。
そして、とうとう、人間に見つかってしまいました。
人間が言いました。
「おっ、カラスがゴミ捨て場の網に足を引っかけて、動けなくなっているぞ!」
その人間は、小学3年生の男の子でした。
「カラスは、いつも、ゴミ捨て場のゴミを、ばらばらにするから、悪いやつだ。よし、近所のおじさんを呼んで来て、捕まえてもらおう。」
そう言うと、近所のおじさんを、呼びに行きました。
その時、クロマルは、「あ~、どうしよう。大人の人間に捕まったら、殺されるかもしれない。でも、足は網から取れない。困った。」と、言いました。
その時です。
ペタ、ペタ、ペタ
ゆっくり、何かが、クロマルの方へ近づいて来ました。
それは、カメキチでした。
「おい、クロマル、どうしたんだい? 羽をバタバタさせて。」とカメキチが尋ねました。
「カメキチ、俺は、もうだめだ。さっき、人間の子供が、俺を捕まえるために、おじさんを呼びに行ったんだ。おじさんが来たら、俺は捕まって殺されるよ。」
「えっ。それは、大変だ。俺が、助けてあげるよ。」
カメキチは、クロマルの足に近づきました。
「俺が、お前の足にからまっている網を、噛み切ってやる。」
ガブッ!
カメキチは、網に噛みつきました。そして、
ガリガリガリ
歯を動かし始めました。
でも、網は丈夫なので、なかなか噛み切れません。
ガリガリガリ
カメキチは、歯を動かし続けます。
その時です。
さっきの子供が、ついに、おじさんを連れて戻って来ました。
「おじさん、こっちだよ。ほら、カラスが網にひっかかっているでしょ。」
「おっ、本当だ。カラスはいつも、ゴミを散らかすから、悪いやつだよな。」
そう言うと、おじさんは、クロマルを捕まえようと、手に持っていた虫捕り用の網を、両手で握り、上へ振り上げました。
「よ~し。捕まえるぞー、せーの、おりゃー!」
バサッ !
バタバタバタバタバタ・・・・
「あっ、しまった。カラスが、逃げた!」
とおじさんが、叫びました。
そうです。ぎりぎりのところで、カメキチが網を噛み切ったので、クロマルは、おじさんに捕まる前に、空へ飛んで逃げることが出来ました。
そして、次の日。
クロマルが、カメキチのいる池に来ると、
「昨日は助けてくれて、ありがとう。今度、お前が困った時は、俺が助けてやるからな。じゃあな。」と、お礼を言って、山へ帰って行きました。
それから数日経ったある日。
カメキチが、池で気持ち良さそうに泳いでいると、見知らぬおじさんが近づいて来ました。
「あ、人間が近づいて来るぞ。きっと、僕に食べ物をくれるんだな。うれしいなあ。」と、カメキチが言いました。
おじさんは、カメキチを見ると、
「このカメは美味しそうだ。家に、持ち帰って御飯のおかずにしよう。よし、一度、家に帰ってバケツを持って来よう。ヒヒヒヒ。」
そして、おじさんは、バケツを取りに家へ向かって歩き出しました。
それを聞いて、カメキチは、
「えっ! 僕、食べられちゃうの? いやだよ~、死にたくないよー。」と言いました。
その時です。
バタバタバタ、チョコン。
クロマルが、飛んで来て、近くの木に止まりました。
「やあ、カメキチ、どうしたんだい? とても、悲しそうな顔をしているよ。」
「さっきねえ、おじさんが、僕を捕まえるために、バケツを取りに家に行ったんだ。おじさんは、戻って来たら、僕をバケツに入れて持ち帰るつもりだよ。御飯のおかずにすると言ってた。僕、死にたくないよ、クロマル、助けて!」
「よし、俺が、助けてやる。この前は、お前が俺を助けてくれたからね。」
「ありがとう。頼むよ。」
その時、クロマルは、思いました。
「でも、どうやって、助けたらいいのだろう?」
クロマルは、どうやって助けたらいいのか、判りませんでした。
時間は、どんどん過ぎて行きます。
ノッシ、ノッシ、ノッシ
足音が、聞こえてきました。
そうです。ついに、おじさんがバケツを持って、池に戻って来たのです。
カメキチは、叫びました。
「あー、早く、クロマル! 早く、助けてー」
でも、クロマルは、どうやって助けたらいいのか、まだ、判りません。
チャプン、チャプン、チャプン
おじさんが、バケツを持って、池に入って来ました。
カメキチは、また、叫びました。
「早く、助けてー。」
でも、クロマルは、どうしたらいいのか、まだ思いつきません。
そして、ついに、おじさんはカメキチを両手で掴み、バケツに入れてしまいました。
「今日のおかずは、きっと美味しいぞー」と、おじさんは言うと、家に向かって歩き出しました。
クロマルは、心の中で言いました。
「カメキチ、この前、お前は俺を助けてくれた。でも、今、俺は、お前を助けてあげられなかった。本当に、ごめんな。」
おじさんは、家に着くと、カメキチの入ったバケツを玄関の脇に置きました。
「疲れたから、少しの間、昼寝をしよう。そして、目が覚めたらカメを料理しよう。」
そう言うと、部屋の中で横になり、昼寝を始めました。
グー、ガー、グー、ガー
と、おじさんの、いびきが、聞こえてきました。
カメキチは心の中で
「おじさんが昼寝から目を覚ましたら、僕は料理されて食べられてしまう。もうだめだ。」と、諦めました。
その時です。
トン、トン、トン
バケツの横を、誰かが叩きました。
それは、クロマルでした。
そうです、クロマルは、カメキチを助けることを、まだ、諦めていなかったのです。
でも、どうやって、助けるつもりなのでしょう。
「クロマル! 助けに来てくれてありがとう。でも、無理だと思うよ。助けに来てくれただけでも、僕は嬉しいよ。」
その時、クロマルは、嘴に、ゴミ捨て場で見つけた人間の傘を、くわえていました。
そして、傘の柄を、バケツの持ち手の部分に引っかけました。
クロマルが、「カー」と、おじさんが目を覚まさないような小さな声で、一回だけ鳴きました。
すると。
バタ、バタ、バタ・・・
沢山の他のカラスたちが、空から、バケツの周りに降りて来ました。
クロマルは、自分の友達のカラスを、みんな連れて来たのです。
そして、ガブ、ガブ、ガブ、ガブ、ガブ、ガブ。
カラスたちは、みんな、傘の端を嘴で咥え始めました。
全部のカラスが傘の端を咥えた時、クロマルが、また、小さな声で、「カー」と泣いて合図すると。
バタ、バタ、バタ、バタ、バタ、バタ・・・
全部のカラスが、羽を動かし始めました。
すると、どうでしょう。
傘と、カメキチの入ったバケツは、カラスに引っ張られ、空へ向かって昇り始めました。
どんどん、どんどん空高く昇って行きます。
そして、カラス達は、自分たちの山へ向かって飛んで行きました。
しばらく飛び続けていると、山奥にある大きな池の上にやって来ました。
「カメキチ、もう大丈夫だ。この池には、人間は、やって来ないからね。」と、クロマルがカメキチに言いました。
そして、クロマルが「カー」と合図すると、全部のカラスが同時に、咥えていた傘の端を嘴から放しました。
すると、カメキチの入ったバケツは、池の真ん中へ向かって、落ちていきました。
ザブーン!
それから、カメキチとクロマルは、いつまでも仲良く山で暮らしました。
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